『I can・・・』に込めた想い
〜超長い自己紹介〜
第0章 はじめに
I can・・・はちやま塾の作り方

「勉強しなさい。」
子どものころから、何回も聞いてきた言葉。
学校でも。
家でも。
塾でも。
でも、ボクはいつも思っていた。
「なんで勉強しなきゃいけないん?めんどくさい」
実際に
「なぜ勉強しなきゃいけないの?」
って聞かれたとき、
ちゃんと答えられる大人って意外と少ない。
「将来困るから。」
「いい高校、大学に行くため。」
「将来の可能性を広げるため。」
もちろん、それも間違いじゃない。
その通りだ。
頭ではわかっている。
でも、ボクはその答えでは
本気で勉強しようとは思えなかった。
だから高校生のころも、大学生のころも、
「とりあえず勉強しておけばなんとかなるでしょ。」
そんな感じだった。
さいわい、
勉強はそこそこできたしね
(えっへん)
そんな感じで勉強はしていた。
部活もやった。
受験勉強もして、高校と大学にも行った。
ちゃんとがんばっていた。
でも、自分の人生については何も考えていなかった。
「夢は?」
って聞かれても答えられない。
「将来やりたいことは?」
って聞かれてもわからない。
むしろ、めんどくさい!
将来のことを考えるのがめんどくさかった。
苦しくって、そうやって聞かれるのが心底嫌だった。
今思えば、
勉強はしていたけど、
何も学んではなかったんだな。
社会に出て、
そのことを痛いほど思い知ることになる。
この話は、成功した人がドヤる話じゃない。
どこにでもいる、
工場で働いたごく普通の男が、
学び続けた物語。
そして、
I can…はちやま塾
が生まれるまでの物語。
もし今、
「勉強する意味がわからない。」
「将来やりたいことなんてない。」
「このままでいいのかな。」
そんなふうに思っているなら、
少しだけ、
この先を読んでみてほしい。
もしかしたら、
「ボクにもできるかも・・・」
って思ってもらえるかもしれない。
というわけで、
はじまり、はじまり〜
第1章 夢のない優等生
ぶっちゃけ、社会をナメていました。
ごめんなさい。
大学を卒業して、
ボクは地元の会社に就職した。
配属先は工場。
大学で勉強した機械の知識を活かした技術職。
当時は、
「仕事はお金を稼ぐためにする」
そのくらいにしか思ってなかった。
毎日会社へ行って、
仕事をして、
家に帰る。
そんな普通の社会人になる。
ボクも、そう思っていた。
でも、一年が過ぎたころ。
毎日、
心のどこかで思っていた。
「これを40年続けるのか?」
「ボクはこの作業を繰り返すために生まれてきたのか・・・?」
でも、簡単に辞められない。
夢もない。
やりたいこともない。
仕事を辞めて生活できる保証もない。
辞めるのが、正直怖い。
しかも、
当時は結婚したばかりだ。

新婚なのに
「ニートです♡」
なんて言えるはずもない。
だから、
続けるしかない。
「勉強して、大学まで行けば幸せになれる。」
そう思っていたボクは、
社会に出て初めて気づく。
「ここはゴールじゃないんか・・・」
そして、
人生で初めて、
最大の後悔をした。
「なんで今まで、
自分の人生を
本気で考えてこなかったんだ!」
第2章 人生を変えたい
その日からボクは変わった。
いや、
変わろうとした。
でも、何をすればいいかわからない。
「このままじゃいけない」と思っても
何から始めればいいかわからなかった。
将来の目標もない
やりたいこともない
今まで考えてこなかったから当然だった。
このままじゃいられない。
とにかく「変わりたい」と思ったボクは
本屋に向かった。
今までマンガしか読んでこなかった。
でも、今日からボクは生まれ変わる!
自己啓発本。
ビジネス書。
成功者の本。
とにかく片っ端から読んだ。
「人生を変えたい。」
その一心だった。
休みの日は本屋へ行き、
通勤電車の中でとにかく本を読んだ。
わからないことがあれば調べた。
考えたことはノートに書いておいた。

「勉強」は嫌いだったけど、
このときは夢中になっていた。
誰かにやれと言われたわけじゃない。
テストがあるわけでもない。
もっと学びたかった。
もっと変わりたかった。
「学ぶって楽しい」
って初めて思えた時期だったかもしれない。
当時は余裕がなくて、
そんなふうに感じなかったけど・・・。
そして、ある日。
『金持ち父さん 貧乏父さん』を読んで
「自分の人生は
自分でつくらなきゃいけないんだ」
と心の底から思った。
この他にもさまざまな新しい学びは、
ボクの考えを変えてくれた。
何より
「とにかく勉強して、いい大学に行けば幸せになれる」
しか知らなかったボクの頭の中に
「人生を豊かにするために学ぶ」
という新しいプログラムが
インストールされた瞬間だった。
でも、この頃のボクは
まだ知らなかった。
本当に人生を変えるきっかけは、
本じゃなかった。
もっと大きな出来事が、
すぐそこまで来ていた。
第3章 「あなたならできるよ」
少しずつ考え方は変わってきた。
相変わらず
本を読んで学び続けていたけど
会社員としての毎日は続いていた。
具体的な一歩が踏み出せない。
やっぱり自分が何をしたいのかがわからない。
ノープランだから
会社をやめることもできない。
心は前向きだったけど、
行動できないモヤモヤした日々は苦しかった。
そんなある日。
母が体調不良で倒れた。
幸い命に別状はなく、しばらくして元気になった。
でも、その出来事をきっかけに、
ボクたちは実家へ戻ることになった。
会社から遠くなり、
片道1時間半、往復3時間以上。
正直きつかった。
でも、まあ大丈夫。
「こんなことで諦めない!」
ボクは未来に向けて
ひたすら本を読んでいた。
だけど、悪いことは重なる。
母が倒れてしばらくした後
今度は妻が心臓発作で倒れた。
妻はまたいつ同じ発作を起こすかわからない。
妻は仕事を続けられない。
つまり
これからボクひとりが
家庭を支えなければいけない・・・
人生を変えようと決めたのに。
前を向こうとしていたのに。
現実は、
そんなに甘くなかった。
「人生を変えたい」という想いはある。
でも会社は辞められない。
「人生を変えたい」
「でも仕事を辞められない」
「このまま終わりにしたくない」
「でも、生活をしていかなきゃ・・・」
「なにか・・・はじめなきゃ・・・」
「でも・・・なにを・・・」
でも・・・でも・・・でも・・・
何度も考えた。
でも、答えは出ない。
頭の中が
グルグル回り続ける。
それから1年。
少しずつボクは壊れていった。

本が読めなくなった。
内容が頭に入らない。
通勤電車の途中で、
いつの間にか気を失っていることもあった。
大好きなゲームもできなくなった。
誰とも話したくない。
風呂場で頭も体も洗わずに出てきてしまう。
そして、ボクはうごけなくなった。
真っ暗な寝室でうずくまるボクに
妻は泣きながら静かに言った。
「アンタなら
どこに行っても大丈夫だよ。
あなたならできるよ。」
その言葉で
ボクの内で「なにか」が壊れた。
自分ではもうどうすることもできなかった「なにか」。
ボクはその場で
うずくまり声をあげて泣いた。
そのとき、
社会人として一歩踏み出したあの日。
この人を幸せにしたいとプロポーズしたとき。
新婚時代に住んでいたアパートの風景。
激しく後悔した日。
「人生を変えたい」と本を読み漁っていた日々。
それらの想いが一度に溢れ出た。
叫びながら泣くボクを
妻は優しく抱きしめて一緒に泣いてくれた。
第4章 天職との出会い
「やったーーーー!!」
27歳の3月。
ボクらに男の子が生まれた。

妻の心臓のこともあったから、
無事に生まれてきてくれたときは
本当にホッとした。
そして、
うれしかった。
本当にうれしかった。
でも・・・
【注意】
この男、来月から無職です(笑)
次の計画も立てずに
仕事を辞めた人生に迷える新米パパ。
「パパはいつでもそばにいるよー!」
いや、おい。
いつでもそばにいるな!
仕事しろよ!
今ならツッコミどころ満載だけど、
不思議とあの頃のボクには
大きな不安はなかった。
あの日、妻に言われた
「あなたならできるよ。」
そのひとことで、
何かが吹っ切れていた。
「せっかくだから、
やりたいことをやろう。」
そう思いながら仕事を探していたとき、
一つの求人が目に飛び込んできた。
フランチャイズの学習塾。
勉強を教えるだけではなく、
子どもたちが自立するためのカリキュラムもあるらしい。
そこで「教室長」を募集していた。
「これだ!」
そう思った。
ボクは自分の人生を
本気で考えないまま大人になったことを
ずっと後悔していた。
だからこそ、
「ボクと同じ後悔を
子どもたちにはしてほしくない。」
その思いだけで、
まったく経験のない塾業界へ飛び込んだ。
塾の経験なんてゼロ。
「教室管理がメインなら
なんとかなるだろう。」
・・・甘かった・・・
実際に仕事に就くと、
先生が足りない!
ボクも先生として授業することに!
初授業の前は、とにかく必死だった。
家で教材を何度も読み返し、
伝えるポイントを書き出し、
一人でエア授業。
正直、初授業のことはほとんど覚えてない。
緊張しすぎて魂が抜けてた。
でも、
一つだけ覚えていることがある。
生徒が
「できた!」
と笑顔になった瞬間。
その瞬間、胸が熱くなった。
「できた!」
たった一言。
なのに
その笑顔を見た瞬間
ボクまでうれしくなった。
気づけば、
どんどん塾の仕事が好きになっていった。
その子のために覚えやすいまとめを作ったり、
質問が来れば、自分の時間を使って答えたり。
すると、生徒や保護者の方から、
「先生に教えてもらった問題、テストに出た!」
「先生のおかげで、
うちの子が勉強するようになりました。」
そんな言葉をいただくようになった。
今まで工場で、黙々と鉄を削っていた男。
そんな男に向けられた、
まっすぐな「ありがとう」。
心にズキューンと刺さった。
「ああ、この仕事、好きだな。」
そこには暗い部屋でうずくまって
動けなくなっていた過去のボクは
もうそこにはいなかった。
ようやく自分が心から
夢中になれる仕事と出会えた。
もっと多くの子に
「できた!」って言ってもらおう!

第5章 好きだけじゃダメなんだ
塾の仕事は楽しかった。
生徒の
「できた!」
がうれしい。
保護者さんから
「ありがとうございます。」
と言ってもらえるのもうれしい。
長年探し求めてきたものを
ようやく見つけた。
「これがボクのやりたい仕事だ。」
毎日が楽しかった。
でも・・・
ひとつだけ大きな問題があった。
お金がないっ!
I have no money!
実は
ボクが教室長として就職するまで
その教室にはしばらく教室長がいなかった。
まあ・・・荒れていた。
ホワイトボードには落書き。
自習室で勉強している子がいる横で、
床に座ってカップラーメンを食べている子もいた。
いやいやいや
どこのビーバップだよ‼︎
って状態だった(笑)
まずは、
この教室をなんとかしなきゃ!
ルールを作った。
生徒と話した。
保護者さんとも話した。
ボク自身、授業もした。
(気がつけばガッツリ授業に入ってた)
できることは、とにかくやった。
すると、
少しずつ教室が変わっていった。
生徒も増えていった。
ますますこの仕事が好きになった。
「もっといい教室にしたい。」
「もっと生徒たちに喜んでもらいたい。」
やりたいことも、どんどん増えていった。
だけど、
教室の経営はまだ赤字だった。
当然、ボクの給料も高くない。
でも、教室長として働いている以上、
赤字を垂れ流しているボクが
「給料上げてプリーズ☆」
なんて社長に言えるわけがない!
妻は心臓のことがあるから
無理をして働いてほしくない。
家には小さな子どももいる。
毎月の生活費はかかる。
少しずつ
少しずつ・・・
貯金が減っていった。
ボクのスーパー頭脳によると
あと3年ほどで貯金がなくなる。
「……どう考えてもヤバい。」
せっかく、
心から好きだと思える仕事を見つけたのに・・・。
「このまま続ける」
という選択もできた。
でも、
もう同じ後悔はしたくなかった。
自分で決断せずに
流れに身を任せる。
それだけは、
もう嫌だった。
何か行動を起こさねばっ!
別の仕事に転職する?
バイトする?
独立する?
この仕事は楽しい。
だからこそ、
「自分の塾」というのは憧れる。
だけど、めちゃくちゃ怖いっ!
経営なんてしたことがないし、
手持ちのお金もない。
家族もいる。
失敗したら、普通にヤバい。
それこそ食っていけるかわからない。
でも、
やってみなければ何も変わらない。
また、悩んで、悩んで、悩んだ。
その結果・・・
29歳。
桜の花が散り始めたころ。
ボクは決めた。
「自分の塾をつくろう。」
ということでまた転職。
しかも今度は独立!
自営業!
ずっと変わりたくて変わりたくて
でも、変われなかった男が
ヨチヨチと前に進み出して
自分の人生を作りはじめたのだ。
第6章 理想の塾をつくるぜ
「よし、ボクの塾をつくるぞ!」
・・・
・・・
ねえ・・・?
ところで塾ってどうやって作るん?
授業はできる。
教室長としても働いた。
でも
自分で塾を作るのは
まったく別の話。
そこで
まず買ったものは・・・
パソコン。
当時のボクにとっては
かなり大きな買い物だった。
(なんせお金がないんだよっ!)
だけど
今のボクにはどうしても必要なものだ。
名付けて、
「決意のパソコン」

このパソコンの中に、
1年かけてボクの理想の塾を作る。
そう決めた。
そこからは毎日、
寝ても覚めても新しい塾のことを考えた。
どんな授業にする?
どんな教材を使う?
授業料はいくら?
どんな教室にする?
どうやったら生徒に来てもらえる?
思いついたことをノートに書いて、
考えて、
調べて、
書き直す。
また考える。
また書き直す。
とにかくこれの繰り返しだ。
でも、楽しいー!
工場で働いていたころ、
「あと40年、これを続けるのか?」
「やりたいことがない・・・」
って未来に絶望していた男が
今は自分の未来を作ることに
時間を忘れて全力を注いでいた。
ゲームをしているときより夢中だった。
そして・・・
授業。教材。料金。
もちろん、これらも大切だけど、
もっと大切なことがある。
ボクは、
何のために塾を作りたいんだろ?
来てくれた子どもたちに、
どうなってほしいん?
点数を上げる?
志望校に合格させる?
それは当然!
塾なんだから。
でも、ボクの本当の望みはそうじゃない。
ボクは勉強して、大学も卒業した。
それでも、
自分が何をしたいのかわからなかった。
自分の人生を自分で決められなかった。
だから、
子どもたちには同じ後悔をしてほしくない。
ボクみたいな人間を
一人でも減らしたい。
だからこそ
子どもたちには
夢を叶えてほしい。
自分の人生を
自分で決めてほしい。
そのために
たくさんのことを
学んでほしい。
「学び」ってのは超絶パワフルだ。
ボク自身、
学び続けたことで人生は少しずつ好転していった。
だから今は、
「学ぶことで人生は変えられる」
と本気で信じている。
そのためにも
勉強を通じて
「自分もできる」
っていう自信を育ててあげたい。
むしろ、
勉強で自信を失っている子の
自信を取り戻してあげたい。
ボク自身が、
絶望の底で動けなくなったとき
妻が言ってくれた。
「あなたならできるよ。」
あの言葉でボクは人生を変える
大きな一歩を踏み出すことができた。
今度はボクが
それを伝える番だ。
「キミならできるよ。」
夢を見つけ
夢を叶えるために学び
自分を信じて一歩踏み出す。
そんな人を育てよう。
だから、
この言葉を塾の名前にした。
I can…
「わたしにもできる。」
「ボクにもできる。」
妻からもらった
「あなたならできるよ。」
という言葉を、
今度はボクが、
子どもたちに渡していく。
そんな塾にする。
こうして、
まだ教室もない。
生徒もいない。
実績もない。
パソコンの中にしか存在しない
I can…はちやま塾
が少しずつ生まれ始めた。
第7章 夢が始まる場所
独立までの
タイムリミットは約1年。
会社で働きながら、
夜は自分の塾を作る。
そんな毎日だった。
昼は教室長。
夜は(仮)塾長。
ダブルワーク状態。
でも、まったく疲れない。
だって、
毎日が楽しかったから。
頭の中は24時間、
塾のことばかり。
「あんな授業をやってみよう。」
「ボクだったらここはこう説明するな。」
「もっとぶっ飛んだ塾にしよう」
思いついたアイディアは
すぐパソコンに打ち込む。
また考える。
また試す。
理想の塾が、
少しずつ形になっていく。
ボクには夢はある!
でも、やっぱり金がないっ!
だれか〜
Give me money〜!(笑)
全財産は70万円くらい。
開業資金としては、
正直かなり心細い。
でも、
お金がないなら、
知恵を出すしかない。
知恵がなければ、
汗をかくしかない。
とにかく動いた。
父の知り合いにお願いして、
倉庫だった建物を格安で貸してもらった。
叔母に紹介してもらったリサイクルショップで、
机やイスを安く譲ってもらった。
本当にたくさんの人に助けてもらった。
一人だったらできなかった。
そして、
2月の寒い夜。
元倉庫だった教室。
ボロボロの床。
タイヤの跡。
古い机。
不揃いのイス。
少しサビの浮いたホワイトボード。

このままじゃ
廃墟って言われても反論できん(笑)
昼の仕事を終えてから、
家に帰らずに
誰もいない教室へ向かう。
冷たい水で、
少しずつ床を磨いていく。
ときどき小さなストーブで
手を温めながら
また磨く。
でも、苦しくはなかった。
いや、
むしろ楽しかった。
いや
めちゃくちゃ楽しかった!
「ここがボクの塾になる。」
そう思うだけで、
ワクワクが止まらなかった。
気が付くと朝日が昇っている。
そんな日も珍しくなかった。
工場で人生を変えたいともがいていた頃、
ボクには何をすればいいのかわからなかった。
でも今は違う。
やること全部が、
夢につながっている。
床を磨くことも。
机を運ぶことも。
ホワイトボードを取り付けることも。
全部、
夢を叶えるための一歩だった。
もう迷う必要はない。
夢のために
今できることを全部やりまくるだけだ。
「ボクはいま、
自分の人生を生きている。」
そんなことを思いながら、
誰もいない教室で、
一人ニヤニヤしていた。
でも・・・
本当にボクの塾に
生徒が来てくれるんかな・・・?
第8章 一人じゃ叶わない
開業まであと少し。
教室も少しずつ形になってきた。
でも、
まだ一番大きな問題が残っていた。
生徒が一人もいない。
……
これはマズイ・・・!
塾なのに生徒ゼロ。
まずは知ってもらわなければ始まらない。
開業するときはチラシを撒く。
人生で初めて作るチラシ。
ここは絶対に失敗できない。
今まで4年以上、
本を読みまくって学んできた。
マーケティングの本も、
コピーライティングの本も、
心理学も、
デザインも、
全部ここで使う。
「よし!
これならいける。」
自信満々だった。
そんなとき・・・
ある先輩塾長から声をかけてもらった。
「今度、若い塾長で集まるんだけど来る?」
行く行く行く行く行く!
もちろん行く!
絶対に行くっ!
行かない理由がない。
そこに集まるのは、
石川県で活躍している塾長さんたち。
ボクだけがまだ開業前。
聞きたいことが山ほどある。
体裁なんか気にしてる場合じゃない。
とにかく聞くしかない。
そこで図々しくも
「あの〜、チラシを作ったんですけど、見てもらってもいいですか?
そして、『ここをこうした方がいいよ』ってところがあれば教えてください!」
……
……
返ってきたチラシは
真っ赤っか(笑)
赤ペンでびっしり!
あまりにも赤すぎて
鼻血が出たかと思ったよ
そして始まるチラシの添削講座。
「ここは伝わらない。」
「意味がわからない」
「この言葉の方がいい。」
「写真はもっといいのなかったん?」
「もっとここが〜。」
さすが塾の先生だぜ(笑)
冗談はさておき
このときのボクは
一字一句聞き漏らさないように
ずっとメモを取り続けていた。
めちゃくちゃありがたかった。
本気で考えてくれている。
本気で応援してくれている。
ボク一人だったら、
きっとあのチラシでは失敗していた。
ボクの塾だけど、
この塾はボクだけじゃ作れなかった。
教室もそう。
建物を貸してくれた人。
机やイスを譲ってくれた人。
一緒に掃除してくれた妻。
相談に乗ってくれる先輩。
本当にたくさんの人のおかげで、
少しずつ開業の日が近づいていった。
教室も完成に近づいた。
机やイスは不揃いだけど、
壁紙も床も貼り直した。
もう廃墟とは思われない。
……はず(笑)

そんなある日。
お問い合わせの電話が鳴った。
正直、手が震えた。
「来た!来てくれた!」
「本当に来てくれた。」
完成間近の教室で面談をした。
鼻息が相手にかかるくらい
本気でしゃべった。
実績がないボクにとっては、
「本気のボク」しか見せるものはなかったから。
ここからが本当のスタートだ。
だけど・・・
あの日、工場で
「人生を変えたい。」
と足掻いていたボクにとっては、
「人生は変えられる。」
それを自分の人生で証明するための、第一歩だった。
第9章 夢が叶って気づいたこと
開業初日。
ボクの塾に、
生徒たちがやって来た。
うれしかった。
本当にうれしかった。
「あぁ、ようやく始まった。」
開業したときには
10人の生徒が来てくれた。
ゼロからのスタートだったボクにとって、
ありがたすぎる人数だった。
ただ、これだけじゃ食っていけない。
最終手段として
どこかでバイトをすることも考えていた。
だけど、その不安は杞憂となり、
夏休みには生徒数は30人を超えた。


正直、このとき初めて
「なんとか食べていけるかもしれん」
って安心した(笑)
そこから少しずつ
口コミで生徒が増えていった。
紹介してくれる保護者さん。
兄弟で通ってくれる子。
卒業生が弟や妹を連れてきてくれることもあった。
本当に感謝しかない。
毎日授業をして、
質問に答えて、
保護者さんと話して、
子どもたちと笑って。
夢だった塾の先生になれた。
でも──
ある日、ふと思った。
点数が上がる。
志望校に合格する。
もちろんうれしい。
でも、ボクの塾は
それだけじゃないはずだ。
「先生、将来こんなことがしたい。」
そんなふうに夢を語れる子を、
一人でも増やしたい。
もっとボクにできることはないか・・・?
もっと子どもたちの可能性を広げるために。
そして、
ボクの人生を大きく変える
出会いが待っていた。
第10章 世界は教科書より広かった
2019年。
また、ボクの人生が
大きく動く出来事があった。
一本の連絡。
送り主は、
みかみ一桜先生。

塾業界では知らない人はいないくらい
有名な先生だった。
塾講師未経験から独立し、
あっという間に何百人もの生徒を集め、
参考書もベストセラー。
しかも見た目は金髪。
自由。
とにかく自由。
「塾の先生って、こんな生き方していいんだ。」
初めて見たとき、
ドカーンと衝撃を受けた。
そんな雲の上の存在のみかみ先生から、
「来月、一緒にタイ行きませんか?」
……
ぬわぁーにぃー!!!
海外なんてほとんど行ったことがない。
新婚旅行で作ったパスポートもとっくに切れてる。
授業はどうする?
家族は?
頭の中でいろんなことを考えた。
でも、
すぐにもう一人の自分が言った。
「おい。」
「いつか海外へ行きたいって言ってたよな?」
「しかも、あのみかみ先生が声をかけてくれたんだぜ」
「ここで行かなかったら、いつ行くんだ?」
「こんなチャンス、もう二度とないぞー」
そうだ。
人生を変えるって決めたじゃないか。
一生かけて学ぶって決めたじゃないか。
やらずに後悔するのはもう嫌だ。
乗るっきゃない!
このビッグウェーブに!
「行きます!!!」
返事をするまで、4分(笑)
翌日にはパスポートを取りに行っていた。
そんで、
結論!
行ってよかった〜!
空港から出た瞬間のタイの景色。
ナイトマーケットと屋台の料理。
歩いて渡ったミャンマーの国境。
スピードボートで爆走したメコン川。
バイクで走り回った世界遺産の街。

教科書で見た世界が、
目の前で動いていた。
現地の人との会話。
英語なんて全然うまく話せない。
それでも、
“This one, please.”
それだけでも通じる。
店員さんが
“Thank you.”
と笑ってくれた。
英語を話したことよりも、
「伝わった。」
そのことが、うれしかった。
その瞬間、
ボクは思った。
これだ、これ!
子どもたちにも、
こういった経験をしてほしい。
机の上だけじゃない。
問題集でもない。
学んだことを使って
世界とつながる。
その感動を知ってほしい。
教科書の中の世界は、
世界のほんの入り口だったんだ。
ボクの世界は、
一気に広がった。
そして、
「もっと子どもたちの可能性を広げたい。」
その想いは、
ますます大きくなっていった。
第11章 理想の授業
旅から帰ってきて、
ボクはずっと考えていた。
「あの経験を、子どもたちにもさせてあげたい。」
ものすごく濃い内容だった海外での1週間。
ボクの中では
何かが大きく変わっていた。
日本では当たり前だったことが、
海外では当たり前じゃない。
言葉も違う。
文化も違う。
食べ物も違う。
価値観も違う。
でも、
だからこそ面白い。
「知らない。」
ただそれだけで、
人生はずいぶん損をしてしまう。
逆に言えば、
「知る。」
それだけで、
人生は何倍も楽しくなる。
ボクは改めて痛感した。
やっぱり、学びは
人生の可能性を大きく広げる。
この旅はボクにとって
最高の学びだった。
そして、この旅をきっかけに
ボクはマレーシアやカンボジアなど
アジアを中心に旅をした。
今まで「知識」でしか知らなかったものが
「体験」を通して
自分の一部になっていくのがわかった。
地理でならったメコン川。
名前だけは聞いたことがあるテングザル。
写真で見たアンコール・ワット。

全部、ガチで存在していた。
実際に自分の目で見ると、まったく違う。
その瞬間、
勉強したことが、
一気につながる。
そして、子どもの頃から抱えていた大きな疑問。
「何のために勉強するんだろう・・・?」
その答えが、少しずつ見えてきた。
それはとてもシンプルだった。
「学んだ分だけ、自分の世界は広がる。」
「学んだ分だけ、自分の可能性は広がる。」
一つ学ぶたびに
ボクの心と体は少しずつ
自由になっていく気がした。
行けるところが増える
できることが増える
伝えたいことが増える
偏差値や学校の点数も
もちろん大切だ。
でも、それだけじゃ測れない学びがある。
もしボクが、
中学生の頃にこんな体験をしていたら
とりあえず勉強して
とりあえず大学を卒業して
とりあえず働いて・・・
そして、
あんなにも悩んで、
もがいて、
苦しまなくてもよかったかもしれない。
もっと早くやりたいことが
見つけられていたかもしれない。

だから決めた。
子どもたちにも、この学びを届けたい。
教科書の中だけじゃない。
リアルを見て、触れて、感じる学び。
その学びには、
本当に人生の可能性を広げる力がある。
だからボクは、
「学びで人生は変えられる」ってことを
一人でも多くの子どもたちに
伝え続けようと決めた。
第12章 勇気のバトンを届ける
初めて旅に出たとき
「あの経験を、子どもたちにも届けたい。」
そう思い続けていた夢が、
ついに実現した。
ボクは塾生たちと
一緒に海外へ行くことになった。
初めて海外へ行く子もいた。
初めて飛行機に乗る子もいた。
初めてパスポートを作る子もいた。
出発前は、
みんな少し緊張していた。
でも、
現地に着くと・・・
みんなテンション爆上がり!

英語で注文してみる。
現地の子どもたちと遊ぶ。
サソリだって食べてみる(笑)
教科書で勉強したものを、
自分の目で確かめる。
そんな一つひとつの経験が、
子どもたちを少しずつ変えていった。
「先生!注文できたよっ!」
その笑顔を見た瞬間、
昔、タイで
“This one, please.”
だけで通じて喜んでいた自分を思い出した。
きっと
あの頃のボクの感動と同じものが
今度は
子どもたちの中で生まれている。
それが、
たまらなくうれしかった。
もちろん、
海外へ行くことが目的じゃない。
大切なのは、
「学んだことが、現実の世界につながる。」
その感動を知ること。
教科書の外には、
もっと広い世界がある。
そして、
学びは、
自分の可能性を広げるパスポートだ。
だけど、
最初の一歩を踏み出すのは
ものすごく怖い。
ボクはその1歩を
自分の力だけじゃ踏み出せなかった・・・。
あのとき、妻がボクにくれた言葉
「あなたならできるよ。」
あの言葉が、
ボクに最初の1歩を踏み出す勇気をくれた。
今度は、
ボクが受け取ったバトンを渡す番だ。
子どもたちが、
自分の可能性を信じ、
自分の夢へ向かって
一歩踏み出せるように。
そして、
その子がまた、
誰かにバトンを渡していけるように。
第13章 ボクの学びは終わらない
気づけば、ボクは
以前とはまったく違う人間になっていた。
工場で働いていた時、
あれだけ
「やりたいことがない。」
って悩んでいた男が、
今はやりたいことだらけ。
読みたい本がある。
行ってみたい国がある。
会いたい人がいる。
英語だって学びたい。
挑戦したいこともまだある。
時間が足りないくらいだった。
そして2020年には
コロナで日本中の学校が休校になった。
「だったら、
ボクの授業をオンラインでやってみよう。」

実際にやってみると
大きな可能性が見えてきた。
場所に縛られなくても、
学ぶことはできる。
これもまた、
ボクにとって新しい挑戦だった。
月日は巡り・・・
そうやって一歩ずつ
とにかく挑戦を続けていたら、
2022年には世界一周までしていた!
ガンジス川でインド人と沐浴して
サハラ砂漠でお酒を飲んで
アマゾン川に飛び込んだりもした(笑)

翌年には、海外100日生活にも挑戦。
世界中を旅しながら、
日本の生徒たちにオンラインで授業もした。

そうやってどんどん行動していると
英語も話せるようになりたいと思った。
「将来の役にたつから」って
うすっぺらな理由じゃない。
今すぐ話せるようになれば
もっとボクは自由になれるから。
新しいことに挑戦するたびに、
「もっと知りたい。」
って気持ちがどんどん溢れてきた。
昔のボクだったら考えられない。
工場で働いていた頃は、
毎日が同じことの繰り返しだった。
「40年間同じことを繰り返していくのかな・・・?」
と思っていた。
でも今は違う。
自分の未来が、自分でも予想もつかない。
それがたまらなくワクワクする!
いったい誰が、
工場で鉄を削っていた男が
サハラ砂漠で寝っ転がる未来を
想像できただろう(笑)

これだから人生は楽しい!
もちろん、
楽しいことばかりじゃない。
失敗もした。
うまくいかないこともあった。
むしろ、
うまくいかないことだらけだ。
それでも、
「次はどうやったらうまくいくかな?」
いつもそう考えて、
ひとつひとつ自分の学びに変えてきた。
いつの間にか
学ぶことが、
苦しいものじゃなくなった。
学ぶことが、
ボクの人生そのものと言ってもいい。
夢が見つかったから、
学ぶようになったんじゃない。
最初は夢なんかなかった。
ただ、自分の人生を変えたくて
とにかくもがいた。
少しでも人生を変えるための
ヒントを探して
学ぶことしかなかった。
そしたら少しずつ
道が開けていった。
学び続けたから、
夢がどんどん大きくなっていった。
だから今でも、
ボクは学ぶことをやめない。
きっと、この先もずっと。
だって、
学びで、本当に人生は変えられる。
ボク自身が、その証拠だから。

最終章 キミにもできる
こんなに長い自己紹介を
ここまで読んでくれてありがとう。
一応、ここで自己紹介は終わろう。
だけど
ボクはこれからも海外に行く。
YouTubeもやる。
オンライン授業もやる。
「今度は何をやってみようかな?」
って新しいことに挑戦するのが
めちゃくちゃ楽しい。
一つ挑戦すれば、
一つ学ぶことがある。
一つ学べば、
また一つできることが増える。
できることが増えれば、
また新しい世界が見えてくる。
そして、
また挑戦してみたくなる。
そうやって一歩一歩
少しずつ歩いてきた。
これが、
「未来の可能性が広がる」
ということなんじゃないかって
ボクは思う。
昔のボクは、
「勉強はやらなきゃいけないもの」
だと思っていた。
でも違った。
自分で学んだ分だけ
自分は自由になる。
自分で好きなことができるようになる。
ボクは、
そのことを自分の人生で知った。
だから今も学び続ける。
きっと、この先もずっと。
もっと自分らしく生きるために。
もし今、
この本を読んでいるキミが、
「何をしたらいいかわからない。」
そう悩んでいるなら、
昔のボクと同じだ。
大丈夫。
最初から夢なんてなくてもいい。
自信もいらない。
まずは、
ほんの小さな一歩を踏み出してみる。
たったそれだけ。
その一歩が、
きっとキミの世界を広げてくれる。
そして、いつかきっと
キミも思う。
「学びで、人生は変えられる。」
キミにもできるよ。
I can.





